前回の相続対策シリーズでは、元気なうちに自宅の将来を考える大切さについてお話ししました。
今回は、その続きとして「認知症になると不動産は売れなくなるのか?」という問題を考えてみたいと思います。
実際に当社で関わっている案件を通じて、成年後見制度と家族信託(民事信託)の違い、そして早めに準備することの大切さをお伝えします。
認知症になったら、不動産は売れない?
「認知症と診断されたら、もう不動産を売れないのでしょうか?」と心配される方もいらっしゃいます。
実際には、認知症という診断名だけで売却の可否が一律に決まるわけではありません。大切なのは、売買契約を結ぶ時点で、ご本人が契約の内容や結果を理解し、判断できる意思能力があるかどうかです。
意思能力がない状態で行った法律行為は無効となるため、ご本人による売却が難しい場合には、成年後見制度などを検討することになります。
実際の相談事例――家賃収入があっても売却を検討する理由
現在、当社では、認知症になられた方が所有する分譲マンションの売却案件に関わっています。
そのマンションは、ご本人が以前、資産形成のために購入された一室です。現在も賃貸中で、毎月約10万円の家賃収入があります。
しかし、ご本人は現在、特別養護老人ホームに入居されており、施設の利用料は家賃収入を上回るとのことでした。そこで、今後の施設費用に充てるため、マンションを売却する方向で話が進んでいます。
なお、私自身がご本人の預貯金の残高を確認したわけではありません。あくまで、ご家族から伺った売却の目的です。
今回、購入を予定されているのはご本人のお子様です。お子様が弁護士に相談され、現在は弁護士が成年後見人として関わっています。
当社では、売買価格を検討するための査定書を作成し、お子様にお渡ししました。お子様からは、弁護士に査定書を渡して裁判所で必要な手続きを進めると伺っています。価格が不当に安くないかなども確認される見込みで、手続きには2〜3週間程度かかるとのお話でした。ただし、これは今回伺った見込みであり、案件によって期間は異なります。
現時点では手続きが進行中であり、売買は完了していません。
成年後見人がつけば、自由に売却できるわけではない
成年後見制度は、判断能力が不十分になった方の権利や財産を守るための制度です。法定後見では、家庭裁判所が成年後見人を選任します。
成年後見人には財産管理などの権限がありますが、ご家族が希望すれば何でも自由に売却できるというわけではありません。売却がご本人の利益にかなうか、価格や条件が妥当かといった点が重要になります。
ここで、誤解されやすい点があります。成年被後見人の居住用不動産を処分する場合は、原則として家庭裁判所の許可が必要です。一方、今回のような賃貸中の収益マンションなど、居住用ではない不動産については、同じ処分許可が法律上一律に必要となるわけではありません。
今回、具体的にどの裁判所手続きを行うのかについては、担当弁護士による確認が必要です。記事では、手続きの詳細が確定していない段階で「必ず許可が必要」とは断定しないようにしたいと思います。
相続税対策としてのメリットと、ご本人の生活資金は別の問題
賃貸中の不動産は、相続税評価の面で、自用の不動産とは異なる評価になる場合があります。今回のマンションも、相続税対策という観点からは、保有するメリットが考えられる物件だと思います。
しかし、相続税のことだけを考えて財産を残せばよいというものではありません。
毎月家賃収入があっても、施設の利用料の方が高ければ、その差額をどのように賄うか考える必要があります。
相続税対策として財産を保有することと、ご本人が安心して暮らすための資金を確保することは、必ずしも一致しない。
今回の案件は、そのことを改めて考えさせられる事例です。
元気なうちに検討したい家族信託(民事信託)
私自身、家族信託という制度について詳しく知ったのは比較的最近のことです。
認知症などで判断能力が低下し、成年後見制度を利用することになれば、ご家族が希望する方法で自由に財産を動かすことは難しくなります。
そこで、判断能力があるうちに検討できる方法の一つが、民事信託、いわゆる家族信託です。
家族信託は、ご本人が信頼できる家族などに財産の管理や処分を託す仕組みです。例えば、将来施設に入居した際には不動産を売却して生活費に充てる、といった目的や権限を契約で定めることが考えられます。
適切に信託契約を結んでいれば、その後ご本人の判断能力が低下しても、受託者が契約で定められた範囲内で財産を管理・処分できる場合があります。
ただし、家族信託は万能ではありません。契約内容の設計や登記、税務上の検討が必要であり、身上保護や医療に関する判断まで、すべてを代わりに行える制度ではありません。
成年後見と家族信託は何が違う?
| 比較項目 | 成年後見(法定後見) | 家族信託(民事信託) |
|---|---|---|
| 利用を考える時期 | 判断能力が不十分になった後 | 原則として判断能力があるうち |
| 財産を管理する人 | 家庭裁判所が選任した成年後見人 | 契約で定めた受託者 |
| 基本的な目的 | ご本人の権利・財産の保護 | 信託目的に沿った財産の管理・処分 |
| 不動産の売却 | ご本人の利益を踏まえて判断。居住用不動産は原則裁判所の許可が必要 | 契約で定めた権限の範囲で売却できる場合がある |
| 主な注意点 | 後見人報酬や継続的な手続きなど | 契約設計、登記、費用、税務など |
どちらが優れているということではなく、ご本人の状況や希望に応じて考えることが大切です。
亡くなった後の希望も、元気なうちに伝えておく
財産について考えるのは、生きている間の管理や売却だけではありません。
「自宅を誰に引き継いでほしいのか」「財産をどのように分けてほしいのか」といった希望がある場合、遺言書を作成することも一つの方法です。
遺言書がない場合、相続人全員の話し合いによって遺産を分けることができます。必ず法定相続分どおりになるわけではありませんが、ご本人の希望が明確に残されていなければ、その意思が反映されるとは限りません。
なお、遺言書は主に亡くなった後の財産承継に関するもので、認知症になった後の生前の財産管理を直接解決するものではありません。
「もっと早く相談しておけば」とならないために
今回のような案件に関わっていると、もっと早い段階で相談していただいていれば、別の選択肢もあったのではないかと考えることがあります。
判断能力があるうちであれば、売却する、保有する、家族信託を検討する、遺言書を作成するなど、時間をかけて考えられる方法が増えます。
一方、判断能力が低下してからでは、選べる方法が限られ、手続きにも時間を要する場合があります。
相続対策は、単に税金を減らすためのものではありません。
ご本人が生きている間は、ご本人のために財産を活用する。そして、亡くなった後は、できる限りご本人の意思を尊重して財産を引き継いでいく。
そのための準備だと私は考えています。
「まだ元気だから大丈夫」と思える今こそ、ご家族で財産のことを話し合ってみてはいかがでしょうか。
エンラージ株式会社では、枚方市を中心に、不動産の査定・売却・管理や、相続に関するご相談を承っています。法律・税務に関する具体的な手続きは、必要に応じて弁護士・司法書士・税理士などの専門家と連携して検討することが大切です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。成年後見、家族信託、遺言、不動産売却の具体的な可否や手続きについては、個別の事情に応じて専門家にご相談ください。事例は関係者のプライバシーに配慮して紹介しています。

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